盛岡・雫石のパン屋をめぐる冒険
投稿日:2015年09月18日
投稿者:いね
事の発端は以前の記事に書いた。
パン巡りルートを考えるにあたって、10件以上ものパン屋さんをピックアップした。その中から定休日や営業時間、お店とお店の距離感、それから自転車という移動手段を考慮して最終的には以下の5件に絞った。いずれも食べログなどでは上位に連なってる著名なパン屋さんである。
- 福田パン
- 麦の粒
- 雫石チーズ工房
- レジュイール
- トュクトュク
距離にすると50kmほど。このルートをまわって下さいと強制するものではない。というか私が考えた奇特なルートを回ろうする人はいないだろうから、記事を読んで触手が動いたお店があったら個別で訪問してほしい。それから今回、当店のお客さんでもありパン職人でもあるM氏に無理を言って同行をお願いした。心よく承諾してくれたM氏、本当にありがとうございます。
1. 福田パン
小学生の時だったと思う。誰もいない家に学校から帰ってくると、たまにテーブルの上にパンが置かれていた。
「おなか減ったら食べてて」
という母親のメモとともに、パンをくるんでいるビニールには「あんバター」のラベルが貼られている。子供ながらにそのご馳走を見る度、胸が躍ったものだった。私と2人の兄の為に3等分された福田パン。兄の分も食べてケンカしたときもあったなあ、などと懐かしい思い出がよみがえる。
どこの家庭でも福田パンが食べらていると思っていた私は、高校生の時、盛岡でしか売られてないと聞いた時ひどく驚いたのを覚えている。今では盛岡のソウルフードとして全国的に有名になったが、盛岡に住んでるものからするとそんな認識はてんで無いのである。が、ソウルフードとは地元の人からすると存外そういうものなのかもしれない。
福田パンと聞いて、本格的なパン好きの人は邪道と思うかもしれない。コースに入れたいとM氏に話したときもあまり気乗りがしない、というような感じだった。しかし、どうしても外せない理由があった。それは「コーンビーフ」と「作りたて」である。恥ずかしい話、今までスーパーや売店、もしくは親が買ってきたものしか食べたことが無い。それもバカの一つ覚えみたいに「あんバター」ばかり食べてきた。保守的な性格からか、頭の中で想像できない味は怖くて手が出せない。しかし、パンめぐりをするにあたって色んな人から話を聞くと、「コーンビーフ」はうまいという話がポツポツと出てきた。それでどうも気になって仕方なかったのである。最終的にはM氏に無理をいってコースに組み込ませてもらった。
初めて足を踏み入れる永田町の福田パン本店。猪八戒に見える可愛らしい福田パンのロゴマーク。平日の朝早い時間にも関わらず、店舗外観を写真に収めていく人がちらほら見える。
店内に入ると、メニューの多さとアイスクリーム屋さながらのトッピングケースに驚かされる。もうメニューはコーンビーフと決めていた・・・はずだったのだが、様々なトッピングを前にすると迷いが生じてきた。特に「黒豆きなこ」が積極的に私を誘惑してくる。この際コーンビーフと黒豆きなこを2つ注文しようかと思ったが、この後、何件もパン屋を巡ることと、胃袋の物理的限界を考慮すると一個が限界だ。悩んだ末に結局コーンビーフを頼んだ。青い三角巾を目深にかぶった女性店員さんが、慣れた手つきでコッペパンにトッピングを塗っていく。
まずはコッペパンの柔らかさにびっくりした。少し固いイメージがあったのだが、それは私の勘違いのようだった。びっくりするほど柔らかい。口の中に入れると柔らかいだけでなく生地もしっかりと立っていて、歯ごたえがあるのが分かる。とにかく絶妙の歯切れ感なのだ。ちゃんと麦の香りもする。コーンビーフとポテトサラダの相性も抜群だ。アクセントで使われているカラシが素晴らしく、コーンビーフの重みをカラシがうまい具合に 融和してくれて、何度でも頬張りたくなる。盛岡にいながらこんな最高な組み合わせを知らなかったなんて・・・人生ちょっと損した気持ちになった。
2. ぱん工房 麦の粒
こんな場所にパン屋?と目を疑いたくなる様な山の上にある。車で来る分には問題ないが、自転車で行くとなると話は違う。脚力に自信が無い人の場合、ちょっとした覚悟が必要だ。M氏も辛そうにペダルを回していたので、誘ったことを申し訳無く思った。心配で「大丈夫ですか?」と聞くと「大丈夫。てかめちゃめちゃ楽しいよ」と意外な言葉が返ってきた。無理してのるかと思ったら目がキラキラ輝いていたので、心底ほっとした。確かに岩手山を前方にロックオンしながら脇には草原やら牧歌的な風景がつづくこのコースは一度走ると病みつきなるほど素晴らしいコースだと思う。しかも、予報では雨だったが、坂を登ってる時は嘘のように日差しが差し込んでいた。気持ちよくないはずはない。
シックで落ち着きのある店内はそんなに広くなく、メニューも一般的なパン屋に比べると少ない方だと思う。しかし、これくらい厳選されてる方が初心者の私としては選びやすい。選んだのは定番のプチフランスとベーコンエピ、それからサンドウィッチである。店内にイートインスペースはないが、お店の前にテラスがあるとのことで、そこで食べることにした。
まずはサンドウィッチ。ソフトフランス風のバンズに、レタス、ソフトサラミとチーズがはさまれている。食べてみるとシンプルな味わいが印象的だった。サラミの塩気とマヨネーズという味付けが潔い。余計なものがはいってないので、癖がなく、素材の風味がしっかり感じられる。ものの数十秒でペロリと平らげてしまった。
次にプチフランス。大きさはテニスボール程。生地はコシがあり、弾力がある。対して外側はハリがあって歯切れがいい。噛んでいく内に甘みが口の中に広がっていくのが印象的だった。酵母の香りも心地良い。
最後にベーコンエピ。中にはベーコンとしそがトッピングされている。正直しその組み合わせどうなのかと食べる前は思ったが、どうやら私が愚かだったようだ。
しそうますぎwしそ最強w
なのである。この組み合わせ未体験の方は一度食べて欲しい。しそのように風味が強い素材は量が大事である。エピの様に小分けされていれば、作り手としては食べる量をコントロールできる。狙った通りの配分で食べさせることができるのである。エピだからこそできるトッピングなんだなと、感心してしまった。
さて、次に目指すのはパン屋ではない。だがパン屋さんと関わり合いの深いお店である。
3. 雫石チーズ工房
下り基調の道に体をゆだねる。何もしないでもペースはどんどん上がっていく。気持ちよく自転車を走らせてるとアッという間に小岩井農場が見えてきた。すぐさま長山街道へ入るT字路が出現するのでそこを右折。一本桜を尻目に数キロ直進するとお目当てのお店が見えてきた。
地元の生乳を使ったチーズを販売しているチーズ工房さん。小綿商店さんや麦の粒にも卸しているらしく、パン屋との関係も深い。今回はチーズじゃなく、カマンベール味のアイスクリームを食べにきた。平日の中途半端な時間帯にもかかわらず途切れること無くお客さんが来ていたので、店内は忙しそうだった。
カマンベールアイスクリーム ¥350-
信じがたいことが口の中でおこる。アイスクリームを食べてるのにカマンベールを食べているのである。何を言ってるかよく分からないと思うが、ともかくアイスクリームなのにカマンベール特有のコクと苦みがしっかりある。苦みといっても嫌なものではなく、「ウハw」となるような丁度良いほろ苦さだ。これは食べてみないと理解できないはず。気になる方は一度食べておかれたし。
閑話休題。M氏がチーズ工房さんとビジネスの話をされていたので、テラスでボーッとする。幸い晴れ間が見えている。お庭にはお花が沢山植えられていて、その周りを何匹ものチョウチョが気持ちよさげに飛んでいた。花の香りもほのかに漂ってくる。すぐ近くには雄大な岩手山も見える。非日常的な景色を愛でながらアイスクリームを頬張る。アイスクリームが口の中で溶けていくと同時に、日常でたまった不純物も溶かしてくれる、そんな気がする。アイスクリームの味もさることながら、この景色を見るためにまた来たくなる桃源郷のようなお店だった。
4. レジュイール
イオンモール前潟の近くにあるパン屋さん。店の前にはオシャレなミニベロが置かれている。可愛らしい店内に入ると、まずはメニューの多さに驚かされた。ハード系から食パン、調理パン、菓子パン、ラスク、それから本格的なジャムなども置かれている。悩んだ挙げ句、クロワッサンとクルミとクランベリーのバゲットを注文し、お店の前のベンチで食べた。
私はストロベリーとかブルーベリーとか、ともかくベリーと名の付くものに目がない。ベリーという単語が含まれているものは無条件で注文もしく購入する癖がある。CDや本でいうジャケット買いみたいなものだ。そうやって食べてきた中で唯一後悔したのはいちごオレくらいなもので、だいがいは幸福とともに私の胃の中に収まってくれる。今回もそうだった。
ハード系である。中はしっとりしていて優しい食感だ。やっぱりクランベリー間違いなかった。酸味と甘味がアクセントになっていて、最後にくるみの香りが鼻腔をすーと通り抜ける。この組み合わせがおいしくないはずはない。ハード好きやベリー好きには一度食べて欲しいパンである。
外生地はサクサク。噛む度に気持ちいいくらいハラハラと落ちていく。中の生地は層がしっかりしており、ふわふわの食感を演出している。バターの風味と甘味が控えめに広がり、落ち着いた余韻を口の中に残してくれる正統派のクロワッサンだ。
はなしは逸れるが、レジュイールはパンのオーダーができる。例えば子供が卵アレルギーだから卵なしのクロワッサンを作って欲しいと依頼すれば、特注で卵を使わないクロワッサンを作ってくれるのである。職人気質のパン屋さんもいいけど、お客さんの要望に柔軟に対応してくれるパン屋があってもいいと思う。その点、レジュイールはとても評価できるお店なのだ。
5. トュクトュク
日も傾き、気温も下がり始めてきた。長袖一枚だと歩いてる時はともかく、自転車に乗っているとかなり肌寒く感じる。お店に着いたときは体は大分冷え切っていた。M氏の顔にも疲労がありありと見て取れた。
今回の締めくくり。うちの店主も絶賛していたので、ぜひ行ってみたいと思っていたパン屋である。場所は盛岡市北飯岡。大型パン屋さんPanopanoが近くにあるパン激戦区だ。もともとは雫石の長山街道にあったパン屋さんなのだが、最近ここに移転してきたようだ。清潔でお洒落な店内には10席ほどのイートインスペースがある。ちょうど焼き上がったというプチレーズンと店員さんおすすめの枝豆チーズ、それからコーヒーを頼んだ。
焼きたてが冷えた体に沁みこんだ。口を近づけただけでもわかるバターの芳純な香り。外はサクサク、中はふわふわあったかい食感。レーズンのほどよい甘味。冷え込んで疲れた体に焼きたてのこのパンは反則級のおいしさである。1拍子置いてからコーヒーを流し込む。その瞬間、すべてが報われた気がした。プチレーズンとコーヒー。至福を必ず約束してくれる組み合わせだ。
石割桜の天然酵母を使用して作られているという生地はフンワリで丁度いい歯切れ感。塩気だけで成立させている味付けは実にシンプル。枝豆の香りがすーと口の中に優しく謙虚に広がっていくのが快感になりそうだ。お酒のつまみとしてもいけると思う。なにはともあれ軽く2〜3個はぺろっといけるくらい軽めのパンである。
さいごに
帰り道、私の胃袋は幸せで満たされていた。胃袋だけでない。疲労感は少しあったものの体は軽かったし、心も充分に満たされていた。パンのことだけ考え、パンのにおいをする方へと自転車を走らせ、パンだけを頬張る日が一年のうち何日かはあってもいいと思う。こんな事をM氏に言うとハハと笑い、「これで盛岡にパン好きが1人増えた」と嬉しそう言っていた。私は本当にパンが好きなったのか?こんな事を考えるくらいだから奥深いパンの世界に足を踏み入れた事は確かだと思う。
別れ際にM氏から「パンが好きになったんなら、ペンネームをむぎに変えたら?」」という面白いご提案を頂いたが、「愛着がありますので」と言って丁重にお断りさせていただいた。
Text by いね